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2008年8月 7日 (木)

立秋&七夕

 
今年は偶々立秋と七夕(陰暦七月七日)が重なってしまいました。
歌のご紹介としては厳しい状況ですが、取り敢えず八代集それぞれ
の集より立秋歌と七夕歌を各1首ずつご紹介(つまり8日間)し、
その後に両歌題の秀歌を追補する、という方針で秋歌を始めます。


秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
(『古今集』秋上・藤原敏行)

秋歌のTOPとしてご紹介するにはこの歌を措いてありますまい。
『古今集』秋部の巻頭を飾る、敏行の代表歌とも言い得る詠です。
上句の視覚と下句の聴覚を対照的に扱いつつ、皮膚感覚をも含め
“秋到来の知覚”を見事に謳い上げた名歌と評する他ありません。
古語の「おどろく」は知覚の回復を言う言葉で、主体の状況により
①(眠っている状態から)目覚める、②(ぼんやり・うっかりして
いる状況で)ハッと気付く・我に返る、③(通常の意識下に於て)
びっくりする・驚く、の三義を有しますが(③が現代語として残る)、
ここでは「目にはさやかに見えねども」によってうっかり安心して
いた状況から〔ハッと気付く〕、すなわち②の意と解すべきです。
結句は自発の「れ」(「る」連用形)および完了の「ぬる」(「ぬ」
連体形)を伴いますから、〔思わずハッと気付いてしまうことだ〕
という、意外な発見への自覚認識を表現していることになります。
敏行については郭公(物名)歌の折(5/18)にご紹介しております。


恋ひ恋ひて逢ふ夜は今宵天の川霧立ちわたり明けずもあらなん
(『古今集』秋上・よみ人しらず)

七夕は牽牛・織女の年に一度の逢瀬ですから、初秋の歌題とはいえ
必然的に恋の気分をも織り込むことになります。この歌に於ては、
上二句「恋ひ恋ひて」に逢えない一年の長さを、「逢ふ夜は今宵」で
逢う夜の喜びをそれぞれ述べ、下二句は“飽かぬ想い”により
〔霧が一面立ちこめて夜が明けずにいてほしい〕と訴えています。
結句「なん」は再三ご紹介した<誂(あつら)え>の終助詞です。
「題しらず・よみ人しらず」ながら、自らを牽牛・織女の立場に
投影して詠んだものですね。同時に、「霧立ちわたり」により初秋
の歌としての条件も満たしているのは見事です。以前にも言及した
とおり、古語では「霧」は秋(「霞」は春)に限定されますから。
なお、「たなばた」は本来「棚機」すなわち織機を意味する語で、
“重七(七月七日)の夕”から「七夕」と宛て字されたものです。



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